大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 昭和46年(む)168号 決定

被疑者 相沢政三

決  定

(被疑者氏名等略)

右被疑者に対する詐欺被疑事件につき、昭和四六年五月二六日熊本地方裁判所裁判官がなした勾留請求却下の裁判に対し、同日熊本地方検察庁検察官佐竹靖幸から適法な準抗告の申立がなされたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原裁判を取消す。

理由

第一本件準抗告申立の趣旨および理由

記録編綴の検察官作成の「準抗告(及び裁判の執行停止)申立書」および同「理由補充書」と題する各書面記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

第二当裁判所の判断

一  本件逮捕手続の違法性の有無について

検察官から取寄せた一件記録によると、被疑者は、昭和四六年五月二三日午前七時ころ、福岡市所在の肩書住居からいわゆる任意同行を求められ、もよりの西福岡警察署藤崎派出所において一応の事情聴取をうけた後、同日午前一〇時三〇分熊本川尻警察署に向け、警察官二名に伴われて同署の官用車により出発し、同日午後一時三〇分ごろ同署に到着してから被害者との対質などが行なわれ、結局同日午後四時に至り同署において逮捕状の執行をうけたことが認められる。そして、右のように、藤崎派出所から川尻署に赴くようになつたのは被疑者が被疑事実を争い、熊本市在住の被害者との対質などの必要を生じ、かつ被疑者もむしろこれを望んだため、かような措置がとられたものであつて、本件記録につき、被疑者が同行され本件逮捕状の執行に至るまでの各時点における具体的状況を仔細に検討してみても、被疑者の身体に対し強制力が加えられたこと、もしくはそれと同等に評価されるべき事情の存在した形跡を認めうる的確な資料はなく、したがつて、逮捕状執行以前の時点において既に被疑者が実質的に逮捕状態に置かれたものとにわかに断定することはできない。ただ、被疑者において、同日やむをえない所用を理由に熊本への同行をしぶつたところ、警察官が容易にこれを認めない態度を示し、即時同行の要請を維持したことにより、結局これに応じ、かつ警察の自動車により同行されていることが明らかであり、かような事情のもとにおいてはたして任意同行の限界を超えていないとするには疑がないわけではないけれども、本件の場合右同行要請を拒もうと思えば拒み得る雰囲気にあつたことを被疑者自身認めており、また、官用車を利用したことも被疑者の選択に基づくことがうかがわれるのであるから、これら特殊事情のある本件においては、警察官の右措置が心理的強制となり、ひいては実質的逮捕と評価しなければならない程度にまで至つていたとはたやすく肯認しがたいのである。

そうだとすれば、本件逮捕は、逮捕状の執行された時点になされたと認定せざるをえないのであつて、それ以前である前記藤崎派出所出発の時点において実質的な逮捕がなされたとする原裁判は失当というべく、したがつて本件手続においては刑事訴訟法第二〇三条第一項違反の違法は認め難い。

二 勾留理由の存否について

そこで、進んで勾留の理由の存否について検討してみると、本件記録により、被疑者が本件犯行を犯したと疑うに足りる相当な理由があるものと認めることができる。そして、被疑者は、検察官に対して、本件被疑事実を全面的に肯認してはいるが、警察官の取調の際には、これを全面的に否認していたものであるばかりでなく、原裁判官の勾留質問の際にはその犯意を否認していることが明らかであつて、被疑者および関係人の取調べも充分完了しているとはいえない現段階において、本件犯罪の性質および犯行の態様ならびに右のような被疑者の供述の変転の状況を併せ考えると、被疑者の意図の点においても、またその実効性の点においても、被疑者が罪証を隠滅すると疑うに足る相当の理由があると考えられる。そして、一件記録により認められる諸般の事情を総合すれば勾留の必要性もまたこれを認めるのを相当とする。

なお、検察官は逃亡のおそれがある旨主張しているが、本件の場合、被疑者は妻子と共に肩書住居に居住し、また本件逮捕の前段階において、警察官の求めに応じ任意に出頭してその事情聴取に応じているものであつて、一件記録を精査しても被疑者が逃亡し、または逃亡することを疑わしめる資料は見当らないので、右主張は採用しない。

三 よつて、本件準抗告は理由があるから、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第二項によつて原裁判を取り消すこととし、主文のとおり決定する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例